“記憶”に支えられて生きる 〜ソナーリ・デラニヤガラ著『波』(新潮クレスト・ブックス)〜

新潮社の「新潮クレスト・ブックス」は大好きなシリーズです。

家族との記憶につながる事柄の一切から目を背け、心を閉ざし、夢を見ることすら恐れて酒浸りになっていた経済学者の女性が、長い時間をかけて、幸福な日々を詳細に思い起こし、文章にしていきます。特に息子たちとのエピソードには、同じ母親として胸に迫るものがありました。

 

この作品が特に感動をよぶのは、自身も家族の姿も、飾ることなく描いている点にあります。これは実はなかなかできないことです。彼女のように想像を絶する絶望の中に長くいた人はなおさらです。

 

思い出すこと、書き起こすことで、彼女は絶望から少しずつ生きる力を取り戻していきます。「信頼するセラピストに勧められて書くことにした」と記していますが、魂に刻まれた記憶を「言葉にすること、文字にすること」の大きな力を感じました。

 

幸福な日々は戻らなくとも、その記憶は消えることなく、折々に繰り返されて、その後の人生の支えとなる。彼女ほど過酷な体験をしない人でも、だれにでも、心に大切にしまってある宝物のような思い出や、辛い時や苦しい時に慰めてくれる記憶があるのではないかと思わせてくれる作品でした。