迷走その2 常春の島でひとり

節句のちまき。親戚からもらいました。きな粉をたっぷりかけておいしくいただきました。

NHKテレビのスペイン語講座の舞台は、2018年から19年にかけてスペイン領カナリア諸島でした。カナリア諸島は、アフリカ大陸に近い場所にある群島です。年間の平均気温が20度前後と非常に過ごしやすく、ヨーロッパ人の人気リゾート地の一つです。

 

私は30歳の時、カナリア諸島の一つ、グラン・カナリア島で3カ月を過ごしました。民間の語学学校に在籍しましたが、語学留学でもなんでもない、ほんとに単純に住んだだけです。

 

父が亡くなり、私が東京に戻って仕事を探さなかったのは、地元での暮らしが「楽」だったからです。地元雑誌の編集や取材、ライターの仕事は、師匠と言える人も見つかり、仕事仲間にも恵まれ、非常に充実していました。自宅住まいで、生活費も低く抑えられて、稼いだ分の多くを趣味や遊びにまわせる。これが東京ならどうなるか、容易に想像はつきました。

 

今回もまた、納得して地元に残ったわけです。それなのに私はやはり、屈折した思いをぬぐい去ることができませんでした。仕事や私生活で面白くないことがあるたびに、「ここは私のいる場所じゃないんだ」と自分に言い聞かせる。心の奥で常に不満を抱えている。だからといって再度、東京に行く気概もない。

 

そうして数年経ち、仕事にも平穏な私生活にも慣れてきたころ、今度は「スペインに行く」と言い出すわけです。仕事をもっと向上させようするわけでもなく、私生活をさらに実りあるものにするわけでもない。かといって今の生活は退屈だ……どれだけ傲慢で怠け者なんだと、呆れるしかない。ここでも「楽」をとったわけですね。一言で言えば「バカ」です。

 

20歳の時に旅行してから、いつかは住んでみたいと憧れていたスペインで、カナリア諸島にしたのも「楽」できると思ったからです。旅行関連の情報誌で、カナリア諸島はかつて日本のマグロ漁船が遠洋漁業の基地としていたことから、日本人が今でも多く住んでいると知り、「だったら日本人の友達もいっぱいできて、楽しく過ごせるよね!」と。当時の自分が目の前にいたら、ひっぱたきたいくらい恥ずかしい。

 

そういう甘ったれは、ちゃんと報いを受けます。語学学校に入学当時、学内で日本人は私だけ。周囲はリゾートを兼ねたドイツ人が大半。彼らは英語も非常に堪能でした。アジア系では上級クラスに韓国人の青年が唯一在籍していましたが、英語が母国語並に話せて、スペイン語もほぼ習得済みの優秀さ。英語もスペイン語も話せない私は、まるっきり周囲のドイツ人たちとコミュニケーションがとれず、見事に浮いていました。

 

何より苦痛だったのは、学校付きの寮に滞在していたため、食事のたびに寮のドイツ人たちと一緒だったことです。彼らは私を「かわいそうな日本人」として誘ってくれます。悪気は全然ないのですが、理解できないドイツ語の会話が飛び交う中での食事はいたたまれず、ろくに味も分かりませんでした。

 

学校も寮も、海岸の近くにありました。私は毎日、時間があると海と砂浜に面した広場のベンチに座り、ぽかーんと海を眺めていました。潮風に吹かれながら海岸をそぞろ歩く各国の人々や、サーフィンに興じる地元の若者たち、肌を焼くビキニの女の子たち。リゾート地でリラックスし、笑顔を浮かべている人たちの中で、私は一人でした。「何やってんだろうなあ、私は」と考えていました。

 

グラン・カナリア島の海岸がNHKテレビスペイン語講座で映し出された時、風景の変わらなさに驚くと共に、あの時の心細さと不安、「来ちゃったんだから、もうどうにもならん」という開き直りの気持ちが蘇り、「ほんとに、バカだった」と笑えました。

 

現地在住の日本人と知り合って友達になり、かつ日本文化好きな地元人が集う合気道のサークルに入るまでのほぼ1カ月、毎日毎日、海を眺めながら自問自答し続けた経験は、今から思えば貴重な、自分と向き合う時間でした。そこで何か悟ればいいのですが、私はそういう人間ではなく、迷走はその後も続きます。