仕事ストーリー3 「それも、仕事のうち」という後悔

本文とあんまり関係ありませんが、昨年12月に見たハワイ・ワイキキの虹。毎日虹を見ることができました。

「24時間戦えますか」。調べましたら、このフレーズが印象的な歌が流れる、ジャパニーズビジネスマンを鼓舞するようなCMは1988年から90年にかけて放映されたそう。「働き方改革」が叫ばれている現代では、とんでもない歌詞と言われそうですね。

 

私が社会に出た頃は、まさにこの時代でした。残業は毎日、その後は上司とお客さまをご接待する宴会へ。当然、休みはほとんどない。それが“普通”。「いかに忙しいか、疲れているか、休んでいないか」を社内で競い合うような風潮がありました。

 

女性社員であろうと、仕事相手との宴席では、接待するお客さまが帰るまで、夜中になろうと同席するのは当然でした。「それは仕事のうち」という認識です。

 

同じ部署の容姿端麗な女性社員は、取引先であからさまなセクハラにあい、悩んで円形脱毛症や帯状疱疹に。でも全て「それも仕事のうち」。そんな気持ちが本人にも、周囲にもありました。

 

同年代の友人たちと今話すのは、「あの時、きちんと抗議すべきだった」ということです。うやむやにして「仕方ないね、仕事だもんね」と飲み込んでしまったことが、その積み重ねが、今の状況を作っている。その責任の一端は、確かに自分にもあります。

 

言葉にしなければ伝わらないことは、たくさんある。分かっていたはずなのに、行動に移さなかった後悔を、今も抱えています。

 

激務を乗り越えられたのは、周囲に何でも話せる同僚や友人がいたからでした。私が産業カウンセラー資格を取得した理由には、この当時の経験と、その後、過労で体を壊したことがあります。

 

話すだけでも楽になれる。話を聞いてくれる人がそばにいる。それが大きな力になると実感したのは、会社員時代でした。

 

私はこのあと、会社を辞め、帰郷します。ふるさとでの心境は、かなり歪んだものでした。それは次回以降書きます。