仕事ストーリー 1   怒鳴られ続けた「社長秘書」時代

お茶のお稽古で。職場以外に過ごす場があると、辛さが癒やされることもあります。

先日必要があり、自分の「年金加入履歴」を見直して、

大学卒業後30年間、

転職を繰り返している自分の過去を再確認し、

仕事にまつわるさまざまなことを思い出しました。

 

30年近く前、就職活動は今のような厳しさはなく、

特に私は危機意識の全然ない人間でもあったので、

のんびり、あてもなくやっていました。

「本が好きだし、出版社がいいな〜」と

場当たり的に出版社を受け、全て不合格。

なんとか潜り込んだのは、夫婦で武道の専門誌を

細々と出版している会社で、

その夫婦とそりが合わず数か月で退社。

 

その後、大学の先輩の推薦で

横浜にある百貨店の館内広告番組を制作する

映像会社のアルバイトを経て、

証券を取り扱う会社の社長秘書になりました。

会社といっても、社長以下私を含め6人。

世の中はまだ「バブル」でした。

「あら、5千万損しちゃった」とか

社長の片腕だった女性が平気で言うのを

「怖いな〜」と思ったことを覚えています。

 

ここで私は、社長いわく「社会人としての教育」

という名目の、今で言う「パワハラ」を受けました。

 

毎日、ことあるごとに、社長から怒鳴られる日々。

「秘書として一人前にしてやる」と、

服装から髪型、立ち居振る舞い、電話の受け答え等

すべてチェックされ、気に入らないと容赦なく怒鳴ります。

今でも覚えているのは、「字が汚い」と

何時間も同じ文章を清書させられたことです。

 

怒鳴られて怯えた状態で、

同じ事を繰り返し強要されると、

自分の頭で考えることができなくなります。

心を守るために、感じることをやめようとします。

でも、そんな不自然なことは、続きません。

 

「ブラックバイト」や「ブラック企業」で

心を病んだ人、自死した人の話題が出ると、

「なぜその前に逃げなかったのか」と必ず言われます。

ですが、とことんまで追い詰められた状態で、

周囲のサポートがなかったり、

そのサポートに気付かなかったりすれば、

逃げるという選択も思い浮かばず、

思いついてもその気力すら失ってしまうのです。

 

結局私は、体調を崩し、泣きながら実家に電話して、

家族から「すぐに辞めて、家に戻りなさい」と言われたことで、

「辞めてもいいんだ。戻る場所があるんだ」と救われました。

同じ目にあっている他の社員とは

日々励まし合い、支え合っていましたが、

やがて「この会社も社長もおかしい」と、

社長の片腕以外の社員が全員「辞める」と

言い出したので、一緒に退社しました。

 

当時の私には支えてくれる家族と、

同じ思いの同僚がいましたが、

「家族だからこそ、頼れない。頼りたくない」人も、

「同僚とは全く意見が合わない。

同僚に弱音を吐けないし、吐きたくない」人も

多くいることと思います。

どうか無理せず、過剰な我慢をせずに、できたら早めに、

自分の心のうちを安心して話せる人を見つけて、

話してみてください。ずっと言い続けていますが、

話すだけで楽になることもあります。

 

かつての自分のような、仕事や対人関係で苦しんだり、

体調を崩したりする人を、経験を生かし、

学んだカウンセリングの知識を使って、

寄り添っていけたらと、カウンセラーになりました。

 

同じ苦しみを繰り返すのは、考え方や物事の捉え方、

セルフイメージにその人なりの「癖」があるからです。

それを変化させる、その人に合ったエクササイズがあります。

 

次回も、過去の職場で自分が何を体験したか、

その時どういう状態で、どう感じ、どう思ったかを

書いていきたいと思います。